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すし太郎

お母さんは〝ばら寿司〟が好きで昔から椎茸や人参を煮付けて自分で手間をかけて作っていた。

私が中学校ぐらいの時に、お母さんはテレビでサブちゃんがよくCMをしてる「すし太郎」を買ってきた。
おかあさんは「えりちゃん見て!(^O^)これ混ぜるだけでめっちゃ便利やわ!」とボールにすし太郎とご飯を混ぜていた。私は、ほんまやあっという間にできるわ!!(゚o゚と思っていた。味も美味しかったのでうちの定番になっていた(^-^)/
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ある日お父さんにすし太郎を出したら、お父さんは「お母さん腕あげたな!!」と言っていたのがお母さんは面白かったらしい(´ε` )
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しかしお父さんが「母ちゃんのばら寿司はうまいもんな~!(^з^)」と何回も言うのでお母さんはさすがに心苦しくなり「すし太郎」を使用している事を明かしたが、お父さんは「すし太郎」をいまいち理解してないようでお母さんの腕が上がった事を信じて疑わなかった( ´θ`)

最近はお父さんがばら寿司を褒めるとお母さんは間髪いれず「インスタントや」と言い方を変えてお父さんに言っていた(^。^)
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お母さんの楽しみ

うちのお母さんはおめでたい物が好きで一時、木彫り調の置物を買い集めていた(^o^)

七福神の乗った舟とか、えべっさん、金比羅さんの顔の彫り物、招き猫などなど…
そんなのが好き過ぎるあまりに、ある日お母さんが私に「ちょっと見てみて!」と言ってきたので、隣の部屋についていくと黒光りした大黒様が置いてあった(ちょっと不気味(⌒-⌒; ))
「大黒様が捨ててあったから拾ってきてん(*^◯^*)拾う神あり」とお母さんは満足げに言っていたf^_^;
冗談で「私がこの世におらんようになったらみんな一体ずつそれぞれあるから」とも言っていた。


その代わり縁起の悪いものは嫌いで、兄ちゃんが当時「八墓村」と言う映画の「たたりじゃー!!」と書いてあるステッカーを部屋に貼ってあった。
お母さんは「た」を「あ」にマジックで上から書いて「あたりじゃー!!」に勝手に変えていた(; ̄O ̄)
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あと、妹がマクドで買った〝ヨーダ〟が上に乗った容器を「気持ち悪い(`_´)」と言って勝手に捨てたり、次男のドクロの描かれた Tシャツもお母さんの手に掛かり捨てられていた(⌒-⌒; )


ちょっと面白かったのがお母さんが自分の髪に付けるピンを買ってきた時に、よーく見ると小さいドクロが付いていたらしく「ギャッッ? !!なんやのドクロ付いてる!」と1人で言っていたのが面白かった( ´θ`)
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不動の一位

双子の妹は生まれた時から高校まで同じ学校、クラブもバイトも一緒で自分の一部分の様だった(o^^o)
いつも一緒なので淋しいと思ったことはほとんどなかった。

しかし生まれてからずっとどちらも彼氏がいてないので何か問題があるんじゃないかと自分的に危機感を募らせていた。

五年ぐらい前に妹に初めて彼氏ができた時(今の旦那さん(^◇^))

良かったな~o(^▽^)oと 安心し最初は喜んでいたけど休みの日に毎回デートに行くようになって私だけ置いてけぼりになってしまった(◎_◎;)

それは今までにない自分に起こる孤独感だった(−_−#)

なので、大人げないと今では思うけど妹に何回も「今一番好きなのは誰?」と聞いていた。
(いつも妹は気を使って私(えりちゃん)と言ってくれていた(-。-;))

それを聞いていつも私は胸を撫で下ろしていた。

そして私が不動の一位なんや!と固く信じヾ(@⌒ー⌒@)ノ

ある休みの日、私は妹に「前に行きたいって言ってたカレー屋さんに行こう(^◇^)」と言った。

すると妹は申し訳そうに「ごめんな~(~_~;)今日約束あるからあかんねん…」と言った。
!!(◎_◎;)!!!
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…(T ^ T)~~負けた!!新しい彼氏に負けてもうた!!

と不動の一位でなかった事を思い知らされた休みの日だった(´ε` )

お雛さま

私が10歳ぐらいの時に徳島の叔母さんからお雛さまをもらった( ´ ▽ ` )ノ

一番最初に届いた時は配達が悪かったのかガラスケースがバラバラに割れていて商品を交換してらった(-。-;
そして新たに配達されてきたお雛さまは7人飾りで立派な物だった。
下に手回しのオルゴールが付いていたので伴奏に合わせて〝お内裏様とお雛さま~(^◇^)〟と良く歌っていた。
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お母さんもお雛さまの時期になると、私達を朝起こすのにオルゴールを目覚ましアイテムとして使い何回も鳴らしに来ていた( ̄◇ ̄;)

そして、妹も私も二人とも結婚してお雛さまは実家に暫く置かれていた。

2月に入って実家からお雛さま良かったら持って行きと電話が掛かってきたので八尾に取りに行く事にした。
はなちゃんはその時五ヶ月半で人見知りが始まったらしくお父さんとお母さんを見て大泣きしていた(・・;)

そして、お雛さまを家に持ち帰り和室に飾った。はなちゃんにお雛さまのオルゴールを聞かせると嬉しそうに笑った( ´ ▽ ` )ので良く見せてあげようとお雛さまに近づけようとしたら、はなちゃんは足を突っ張って前に動こうとしなかった。
もしやお雛さまに人見知りしてんのかな(^_^;)と思った。

ガラスケースの埃を掃除すると、お雛さまをもらってから20数年経ってるけど初めて来た時と変わらず綺麗やな~と思いしばらく眺めた*・'(*゚▽゚*)'

切ない誕生会

私が子供の頃、お誕生日会に友達を集めてパーティーをするのが流行っていた(^O^)

クラスの女の子に招待されたのでお母さんにプレゼントを持って行きたいと言うと「そこにあるのを持って行き」と言われて、見てみると子供会の景品の残りがダンボールの中に入っていた。

「あんまりないんやけど(; ̄O ̄)」とお母さんに言うと、お母さんはノート二冊と鉛筆を包装紙で包んで私に渡した(−_−;)
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本当はお金を貰って買いに行きたかったけどお金はくれへんし、まぁいいか…と思いながらねずみのぬいぐるみを持って友達の家に行った。

友達の家に着くとケーキやら色々美味しそうな料理が並んでいた(=´∀`)

友達はみんなからプレゼントをもらい次々と開けていった。
渡してるのを見てるとそれぞれお金がかかってそうなプレゼントだったのでだんだん自分のプレゼントを渡すのが憂鬱になってきた(−_−;)

いよいよ私の番になって、友達は私のプレゼントを開けて
「…( ̄^ ̄)これだけしかないの??」と言った。
(ガーン( ̄◇ ̄;)…)
「いいの貰ったやんか~(⌒-⌒; )」とすかさずその子のお母さんのフォローが入ったけど、友達の言葉がグサリと刺さった(T ^ T)

その後、友達がリカちゃん人形でままごとをし始めたので、お気に入りのねずみのぬいぐるみで入っていくと「大き過ぎておかしい( ´θ`)」と言われてしまい再びガーン( ̄◇ ̄;)…


ダメージを受けまくった誕生会だった(~_~;)


思い出のぬいぐるみ

一番上の兄ちゃんは8歳離れてたので高校の時のバイト代で、ぬいぐるみやオモチャなどを買ってもらってた( ´ ▽ ` )

一番最初にもらったバイト代やと思うけど、兄ちゃんが妹と私を連れて近所の〝エース〟と言うお店に行き「何でも好きな物を買いo(^▽^)o」と言ってくれたので心踊らせ妹とお揃いでねずみのぬいぐるみを買ってもらった:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:
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すごく嬉しくてお気に入りで毎日のように遊んでいたらねずみの鼻が取れてしまった。
お母さんに言うと家にある四つぐらい穴のあいてる赤いボタンをぬいぐるみの鼻に縫い付けられたΣ(゚д゚lll)
「違うーー!( *`ω´) !!」(変ちくりんなボタン付けられた!!)
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「こんなんじゃないーー(*`へ´*) !!」(うおーー!!)
散々怒ったあげく私は怒りのあまり泣き出した(^^;;

だけど元々着いてた赤い鼻は捜してもみつからず…妹のねずみを見ては羨ましく思っていた。

だけど何日か経つとその鼻も見慣れてきたのかよくよく見ると愛着が出てきてやっぱり大好きなねずみのぬいぐるみに変わりなかった( ´∀`)

呆けたらあかんと思った日

30歳を超えてからだんだん物忘れが激しくなってきた(^◇^;)

芸能人の名前はもちろんすぐには出てこないし。
去年の暮れに高校の友達との集まりがあった時に、友達が「富士山登った事あるよな」と聞かれ、登山が大変やったにも関わらず即座に「登ったことない」と答えたり(⌒-⌒; )ごめんよ~

昨日はカレンダーを見ながら、
あっ!?もしかして友達の誕生日にメールし忘れてた!( ̄◇ ̄;)
最近よく忘れるわー…;いかんわ(; ̄ェ ̄)と思っていた。

その日、夫がジムから帰って来て、私の好きなパン屋さんの袋を差し出したので珍しいなと思い「なんで?」と聞くと「お祝いやから」と言ったので、カレンダーを見直したけど何か分からなかった。
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しばらくカレンダーを見ている私に「結婚記念日やけど…」と言った。
ハッッ!( ̄▽ ̄)!!(しまった!!完全に忘れてた!)
「あ~!!そうや、そうや!!」と大げさに言ってみたが、忘れていたのはバレバレだった。
しばらく微妙な時間が流れた。

夫は「花よりも団子の方が喜ぶと思って買ってきたんやけど(; ̄O ̄)」と言った。
焦った私は、4日後に夫の誕生日があり、それはカレンダーに書いてあったのでそれを見つけ「でも誕生日はしっかり書いてるで」と指差して誕生日は忘れてないことを必死にアピールした。
夫はカレンダーを見ながら「そうやな(^◇^;)」と言っていた。

色々申し訳ないと思った日だった。

お宮参り

去年の10月末にはなちゃんのお宮参りに行った。

友達からもらった写真撮影のパック(スタジオARC)に産着を貸してもらえるサービスがあったので、産着一式もってお義母さんと夫と共に熊取町にある「大森神社」に向かった。

そして神社に着いた。一組だけお参りしている人達がいて丁度帰る所だったのでほぼ貸切状態だった。
取りあえずはなちゃんに産着を着せようとしたが、みんな着せ方がわからなくてあれやこれやしながら何とか着せた(⌒-⌒; )

そして、お賽銭の段階になって、お義母さんが「神社の人も見てるし…祈祷してもらう?」と聞いたので、5000円ぐらいいるしな~( ̄◇ ̄;)と夫と悩んで結局要らんやろうと決断して私たちは100円づつお義母さんは500円お賽銭して、はなちゃんが無事に成長する事を祈った。

さあ写真を撮ろうと思ったら、はなちゃんが騒ぎ出したのでミルクをあげに車に向かった。ミルクをあげ終わり、やっと写真が撮れるわと思い、賽銭箱の前にカメラをセットし、いざ撮ろうとみんなが賽銭箱に近づいた瞬間、賽銭箱の前にスーっと車が一台止まった。
!?(・_・;?あれっ?
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私達が見えていないのか、その車の人は降りてきて直ぐに神社の人の所に歩いていきお金を払ってるようだった。
係りの人が歩いてきて「今から祈祷を始めますので」と私達に告げた。
私達はそそくさとその場を立ち去る用意をした。「みんなで合計700円払ったけど…( ̄◇ ̄;)」とつぶやくと、みんな乾いた笑いをしていた。

タイミング悪すぎやな~と思いながら移動すると、うさぎの干支と大きい馬の像があって、そこで写真を撮ろうと落ちつき無事にお宮参りの写真は撮り終わった( ´ ▽ ` )
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愛犬プチ(最後の日)

プチの最後の日、それは突然やって来た。妹と私は二階で何かしていた。

「大変や!!プチが!!!プチが!!」とお母さんが二階にいてる私たちに大声で叫んだ。
何事かと思って一緒についていくと、近所の家の溝にプチが顔を突っ込んで苦しんでいた、プチの体は痙攣して震えが止まらなかった。お母さんが「散歩してる途中で急に走り出して苦しみ出したんや」と言った。

とりあえず家に連れていくと隣のご主人が、車で動物病院まで運んであげると言ってくれたので、お母さんと妹はプチを抱いて車に乗り込んだ。私は乗るスペースがなかったので家で待つことにした。

大丈夫やろか…とそわそわしながら家で待ってるとお父さんが帰ってきたので、「プチが痙攣して動物病院に行ったから私も行きたいねん」と言ったら、場所が分からんからと言って断られた(; ̄ェ ̄)


何時間かしてプチは亡骸で帰ってきた。あんなに元気やったプチが…とショックだった。
妹に話を聞くと病院に行ってる途中で息が途絶えて妹は人工呼吸したけどだめだった。病院に着いて先生に見てもらったが、すでに手遅れで、何か悪いものを食べたんだろうと言われ腹水が溜まった状態だった。と言っていた。その日はプチを家の中の部屋に寝かせみんなで偲んだ。

次の日、動物の葬儀屋に頼みプチは棺桶に入り引き取られて行った。

暫く悲く泣いていたが、意外にも動物嫌いのお母さんがずっと「プーやん(プチの事)どこいったんや」と最後まで泣いて悲しんでいた。
動物嫌いやったけど毎日三回プチを散歩に連れて行き(縛られてるのがかわいそうやから散歩にいかなあかんわ…と思いすぎてノイローゼになりそうやったと後に語っていた(⌒-⌒; ))、出かけて遅くなるといつもプチの事を心配して気にかけていたお母さんは一番プチに情が移っていた。
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弟のように可愛がっていたプチは三年間という短い期間で我が家に圧倒的な存在感を残しこの世を去って行った(*^_^*)

愛犬プチ(壊された犬小屋)

プチは度々散歩の途中で脱走した。

ひもが外れた途端、捕まえれたら捕まえてみなはれ( ´θ`)ノと言うような顔をして、私が近づいた瞬間あざ笑うかのように全速力で走り去った。

お父さんが散歩に連れて行ってプチが脱走した時は、帰って来たプチを、お父さんはほうきを持ち鬼の形相で叩いていた( ̄◇ ̄;)逃げ回るプチ。
叩かれるストレスでプチはほうきが半分になるまで噛みちぎり、ブロックに乗せられた犬小屋もボロボロに入口が破壊されていた(◎_◎;)
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阪神大震災が起こった朝、そのボロボロになった犬小屋は木の葉のように揺れたらしく(-。-;プチは怯え、犬小屋に入ったら揺れる!?(゚д゚lll)とトラウマになり、どれだけ寒くても二度と犬小屋に入る事はなかった。
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そして見かねたお母さんが、昔の足踏みミシンを大工さんに頼んでプチの犬小屋にすると安心したのか、プチはソロソロとその小屋に入って行ったのだった(´ε` )

愛犬プチ (残念な出来事)

生後二カ月ぐらいで我が家に来たプチは小さい間は近所からよく〝かわいいね〟などと言われていたが、食欲旺盛だったのでみるみる大きくなり、顔つきはシェパード(警察犬)のように鋭くなった( ̄◇ ̄;)


ある日、兄ちゃんがプチの予防接種に行った時に、明細書を見てみると「 ジョン オス」と書いてあったので「なんで名前ちがうん?」と聞いたら「プチって言うのが恥ずかしかってん」と言っていた。

吠える声も低く大きく、家の前を何かが通る度に吠えていた。そして毎朝同じ友達が迎えに来てくれるにも関わらずプチは必ず渾身の力で吠え続けた(⌒-⌒; )

そんな番犬の要素があったので、お母さんが自転車のカゴに財布の入ったカバンを入れて家の前に置き、用事があったので数分その場所を離れた。
用事が終わり外に出てみるとカバンはなくなっていたΣ(゚д゚lll)
どうやら置き引きにあったみたいだった。
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お母さんは「この犬全然吠えんかったで( *`ω´) 」と言っていた。
プチよ、そんな肝心な時になぜ吠えへんねや( ̄◇ ̄;)と思った。

愛犬プチ (我が家に犬がやって来た)

私が中学二年生の時にプチはやって来た。

二番目の兄ちゃんが親に内緒で友達からもらい家に連れてきた。
柴犬と言っていたが耳と長めの鼻の周りは黒く、顔は少し細長く、体が茶色い以外はあきらかに柴犬ではなかった。

犬が嫌いなお母さんは、「ギャッ( *`ω´) !?何でこんなん連れて来たん!?」と言って嫌そうだったがプチはお構いなしに部屋の中をうれしそうに走り回っていた。


その日、学校から帰るとガレージに即席の犬小屋が建てられ子供が2人ぐらい見にきていた。プチはそこに紐でつながれていた。

犬嫌いのお母さんやのに犬小屋に確か「はじめまして名前はプチですヨロシクね」という貼り紙をつけていたのが面白かった(^。^)
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そしてプチは我が家の仲間入りをした♪( ´θ`)ノ

押し寄せる生き物達

昨日に続き動物ネタで(^_^)

うちの家は一軒家で、だいたい2年周期ぐらいのペースでネズミの一家が屋根裏に住み着く。
たいがい食パンや菓子パンが不自然な状態で噛みちぎられて発覚する(お父さんもそれに近い食べ方をするので少々判別しにくいf^_^;)


お母さんは大のネズミ嫌いで、それを見つけたら「キャッ!?またやられてるわ!Σ(゚д゚lll)」と言ってあからさまに憂鬱になっていた。
そして二階で夜中寝ているとダダダダダとあきらかにネズミが走り回っている音がする。汚い話だけどたまにポトポトポトと音がしてもしかして今あれが落とされてる( ̄◇ ̄;)!?という時が度々あった。
(実際、屋根裏に上がると無数のあれが!(◎_◎;) !)
お母さんの悲鳴があがる度に 「あっ、また恒例のやつやな(~_~;)あいつが出たんやな」と思いお母さんの所に行くと、腰を抜かさんばかりに怯えていた。
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毎度ネズミの貼り付ける粘着のやつを買ってきては引っ掛かったネズミをお父さんが処理するといった感じだった(お父さんは全然平気(。-_-。))
一度お父さんが居てない時に引っ掛り、処理するのが怖くて便利屋さんを頼み5000円取られた事があるそうな…

なので対策として、ネズミが嫌がる芳香剤+ネズミが嫌がる音波を置いたが、家には菓子パンやらご馳走が一杯あるので歴代のネズミの一家はそんなもん関係ないわ!と言わんばかりにやって来た。


そして、また新たなネズミの一家がやってきた時に「なんでいつも屋根裏に行くんやろな~」とみんな疑問に思っていた。
そして、兄ちゃんがいてる日に突然ネズミが出てきて兄ちゃんが追いかけた所、台所にある戸棚の天井に穴があってそこに逃げ込んで行くのを発見したΣ( ̄。 ̄ノ)ノ。
そしてすぐにそこの穴を貼り付けて塞いだ。
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それ以来ネズミ達は寄り付かなくなった( ̄▽ ̄)
実家に帰る度、思い出したらネズミは今だに出てるかお母さんに聞いてみるが今の所は出てないとの事だった( ´ ▽ ` )ノ

忍び寄る生き物

4年前ぐらいの秋の話。

甥っ子が二階の兄ちゃんの部屋に入って行って「あれ何?」と指を差したので見てみると、壁に野球のボールくらいの茶色い丸い物体がひっついていた。
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「??Σ( ̄。 ̄ノ)??」今まで見たことないな…

壁をドンドンと叩いてみたけどびくりともしなかったので、何やろうわからんな~?と言って一緒に下に降りた。その時は特に気にもしなかった。


そして、その日の夜
お風呂から上がり自分の部屋に入ると、壁に茶色い丸い物体がひっついていた。
あれっ?兄ちゃんの部屋にいてたのに移動してる??と思い、よーく見てみるとビッシリと茶色い毛が生えている!(◎_◎;)ほのかに手足が見える。

すぐさま妹と隣の兄ちゃんを部屋に呼んだ。そして、兄ちゃんが棒でそれを突ついた瞬間
バタバタバタバター!!((((;゚Д゚)))))))
部屋中をグルグルと飛びまわり、私は恐怖のあまり「ギャー」と叫んで頭を布団で隠した。

すると兄ちゃんが「コウモリや!」と言ったので、何で家の中にコウモリが??と思った。
布団の中で、怖いけどなぜか笑いが止まらなかった(⌒-⌒; )
その間、兄ちゃんがコウモリを窓の外に誘導してコウモリは無事に外に飛び出した。
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そんな冷や汗をかいた夜だった(´Д` )

日本一の山

二年前に友達と三人で富士山に登りに行った(^O^)

一度は日本一の山に登りたいよな~と話が盛り上がり計画はスタートした。

みんなで登山グッズを買いに行ったけど、ジョギング用で行けるかなと思い私だけ登山用の靴は買わなかった。

その年の八月の半ば、山小屋で仮眠するだけの一泊二日の富士山ツアーに三人で出発した。
バスでどんどん富士山の五合目まで進み、雲がかかったような標高がすでに高いところで降りた。
眺めが良いな~とみんなテンションは上がり歩けるような服装に着替えいざ夕方ごろ出発、結構な人数でみんなぞろぞろ歩いていた。

あっという間に日がくれ、暗闇の中歩き続ける。
そして、富士山の事を甘く見てたけど何かしんどいな( ̄◇ ̄;)…と気付く


ようやく深夜に山小屋に到着、弁当を食べて二時間ほど仮眠。
何人この布団で寝てるんやろうと思われる湿った布団に身をうずめ(疲れ過ぎてもう気持ち悪さも薄れてる)
ひたすら寝る。そして起きてまたひたすら登る。
四時間ぐらい歩きクタクタになりながらてっぺんに到着!!


しばらくすると太陽が登ってきて…周りぜーんぶがオレンジ色に*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「お~~~~!!素晴らしい眺めや~!」その瞬間疲れも吹っ飛んだ。日本一の山や!と感動した。
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そして下山。ここからが本当の試練だった。
ジョギング用の靴を履いてきた私だけどんだけこけるんやと言うぐらい滑り転け、親切な外人に助けられたりしながら下山した。
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大自然の厳しさと登山靴の大切さを知った旅行だった(^◇^;)





母乳の話 その❺

とにかく母乳にこだわり続け…(−_−#)

桶谷式の本に書いてるようにミルク60ccをあげて(はなちゃんは120ccぐらい飲む)
お腹を一杯にさせず母乳を頻回に飲ませるというやり方をした。
でも、母乳は出てないし、はなちゃんは足りないので毎回もっとくれー!!と大泣きし( *`ω´)
「母乳は体にいいんやで免疫とかもつくんやで~」と言葉が分からんのに語りかけたり(⌒-⌒; )

泣いて母乳を飲まないので嫌になって布団の上に乗せたら、さらにギャー!!と泣いていた。
常に空腹状態。それの繰り返し。それも疲れ過ぎたのか4日ぐらいしたら泣かなくなってきた。

自分も精も根もつき、ふと、はなちゃんこの4日間ずっと笑ってないなと思い。
はなちゃんに辛い思いをさせてるな、本にはそのやり方良いと書いてるけど、私がやってることは間違えてるんちゃうやろか…
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すぐにミルクを作りはなちゃんに飲ませると、口をつけた瞬間に( ´ ▽ ` )にっこりした。
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その瞬間に凝り固まっていた考えはなくなり、気楽にやって行こうはなちゃんが笑えるようにせなあかんわ、と思い直した。

今は、母乳も少し飲んでくれてる。そしてミルクはE赤ちゃんからだんだん1番安いミルクに格下げになり(栄養的にはどのミルクも問題ないらしい)
それでもゴクゴクと飲んでくれるはなちゃんに感謝している( ´ ▽ ` )ノありがとう!!

母乳の話 その❹

実家で一ヶ月間母乳はほとんど飲まず、お父さんにE赤ちゃんを一缶お土産にもらって泉南市に帰ってきた。

次の日は一ヶ月検診で、体重は3.4kgから5kg近くまで増えていた( ̄◇ ̄;)平均的に一カ月1kg増えるみたいなので明らかに肥えすぎ(´Д` )
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とりあえず、去年出産した妹から「補助乳首」を薦められたが最初は付け方が難しく、その間はなちゃんは早く飲みたいので大騒ぎし(*`へ´*) しばらく上手くいかなった。
授乳後、体重計に乗せてみるがグラムは変わらず(−_−#)

そして、「桶谷式母乳育児」という本を買い母乳が赤ちゃんにとってすごく良いことを知った。
さらに、「母乳相談室」という母乳の飲み方に近い哺乳瓶を買ってミルクをあげた。
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それから、産婦人科の母乳外来に二回行って色々教えてもらったけど、母乳がでる見込みはあまりないようでミルクを足して下さいと言われた。

周りの友達はみんな母乳やのに私だけミルクや(−_−#)…と比べたりして精神的に辛い時期でもあった。

母乳の話 その❸ (実家にて)

13日間入院し念願の退院となった。

結局母乳は飲まなかったけど、ミルクのお陰でしっかり体重は増えたので退院となり
一ヶ月間実家でお世話になった。

実家についた途端、はなちゃんはうんちをしだし、なぜか拭いても拭いても終わらなかったΣ(゚д゚lll)みんなしばらく唖然としていたが、ふだん便秘気味のお父さんが「快調やな~羨ましいわ(^◇^)」と言って笑っていた。


次の日、お父さんが、ミルク買ったるわーと言ってくれたので、病院で「E赤ちゃん」という名前のミルクを飲んでたので同じのをお父さんに買って来てもらった。
ミルクを買ってきたお父さんが「今のミルクはえらい高いんやなー」と言ったので、その時は、私が赤ちゃんの時買ってたミルクより高くなってんのかなと気にしなかった。

そして、三缶目のミルクを買って来てくれた時に「E赤ちゃん高いな~一缶、3000円やで(´Д` )」
「えっっつ!?(◎_◎;)た高っっ!」
病院では、言えばすぐにミルクが出てきたのでタダみたいに思っていた。高くてもせいぜい1500円ぐらいやと思ってたのでびっくりした。
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しかもはなちゃん、一缶一週間で飲みきってるでΣ( ̄。 ̄ノ)ノ……
母乳をがんばろうと決意した日だった。

母乳の話 その❷

次の時もはなちゃんは母乳を飲まなかった(´Д` )

まあミルクでもいいかと思ってたけど、授乳の度に助産師さんから、先に母乳をあげてからミルクをあげてね。と言われ隣でやり方を教えてもらったけど、はなちゃんは嫌がり眠りかけては助産師さんに足の指をひっぱられて「ギャー!!( *`ω´) 」と泣いて飲む気もなかった。
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また飲まんかったなーと思ってミルクをあげながら周りを見てみると、そんな母乳を嫌がってる赤ちゃんは一人もいなかった。

助産師さんにこの子は哺乳瓶が飲みやすいのを分かってて飲まんのやろうね。と言われて、赤ちゃんは母乳を飲むのが当たり前とおもってたのは間違いやったと気付かされた(゚д゚lll)

新生児は三時間事に授乳があって、その度はなちゃんはものすごい抵抗をし泣き叫ぶので段々苦痛になってきた。
あんまり母乳でないからやろな、でも、ちょっとでも飲んでくれたらいいのにと思っていた。
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ただミルクの飲みっぷりはすごい良くてゴクゴクゴク・・げふっつ(´ε` )周りからめっちゃ速いなーと笑いが起きていた( ´ ▽ ` )

母乳の話 その❶

手術の翌日お腹の痛みで起きた(´Д` )フゴッッ!

看護師さんがやってきて赤ちゃんに授乳しにいきましょうと言われ、お腹がいたいので背中を丸めながらヨロヨロと授乳室に連れられた。
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授乳室に行くと、最近生まれた赤ちゃん達がいてて、その中でも3426gで生まれたはなちゃんはその中で一番大きかった。昨日はむくんでたけど今日はちょっとスッキリしてるなと思った。
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そして、初めての授乳、看護師さんがなめるぐらいでいいよと言ってたので、少し飲ませてみようとしたが飲まず( ̄◇ ̄;)
あれ?少しの違和感を残し、続いてミルクを飲ませるとゴクゴクと飲んだ。
ミルクは良く飲むやんと思ったが、それからはなちゃんとの戦いが始まるのだった(^◇^;)

お父さんの残業日

私の家は6人家族で、兄弟が4人いてて昔はすごく貧乏だった。
お父さんは、残業がある時に菓子パンを一つ会社からもらえる。

菓子パンがある日は、おーいみんな菓子パンがあるぞ(^◇^)の一声で、子供達がパジャマ姿で集まってくる。
やったー!!(((o(*゚▽゚*)o)))めったにありつけないのでテンションマックス状態
そのパンをみんな見てる中、4等分に切り分けて仲良く食べた♪(´ε` )
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あと、遅くなるとお父さんだけに一品料理が付けられる。
その中でもお母さんの作る鰻ずしが美味しいのを知っていた(他の兄弟はきっと知らんであろうψ(`∇´)ψ)
それがある日は、お父さんが鰻を食べてる時に近寄り、美味しい?と聞くと必ず鰻ずしがゲットできた。
パクリo(≧▽≦)o .。.:*☆う・うまい~!!!
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そして今でも鰻が一番の好物だ( ´ ▽ ` )ノ

出産の話 その❸ (緊急手術)

そして、手術室に運ばれた。
もう何でもいいから早く終わって欲しいと願っていた(´Д` )

手術のスタッフみんなに手術台に担ぎ上げられ、背中の方に麻酔の注射を打たれる。
暫くすると胸から下は感覚がなくなり意識ははっきりとしている。
手術室はなんやら今時の音楽が流れリラックスできるようになっていた。

あっという間にお腹を切られ、なんか今、中の人が取り出されてる!?という生々しい感覚があり、はなちゃんは誕生した( ´ ▽ ` )ノ
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麻酔が効いてるので、あ~全然痛くないわ今までのは何やったんやろうと思った(^_^;)

そしてお腹を閉じる作業をしている時に、はなちゃんがスタッフの人に抱かれてやって来た。

お、大っきいな*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・
なんかすでに丸くてしっかりしてるわ!と思い、自然と涙が流れてきた。
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何とか無事に生まれてくれてありがとう!!と思った。

出産の話 その❷

破水して、深夜の2時ごろオットと共に病院へ向かい即入院となった。

1日目、陣痛がまったく来ずモリモリ昼ごはんを食べ、ベットでゴロゴロして過ごす。

2日目、陣痛が来ず、明日に陣痛促進剤打つから晩ご飯食べたら水分も食べるのもやめていてと先生に告げられる。

3日目、朝から促進剤を打たれて、弱い陣痛が続き背中を丸め痛みに堪え3時頃までするが出てこず。
そして、その日は夜ご飯のみでそれ以降は断食水分抜き。
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4日目、朝から促進剤、夕方4時頃まで苦しみ出てこず。同じく夜ご飯のみ。
さすがにいつ出て来るんやろうと不安になりかなり落ち込む(ノД`)
(同じ部屋の人が見兼ねてブドウをくれた( T_T))

5日目、朝から促進剤、飲まず食わずでいきんでもう喉はカラカラでずっと痛みを耐えてたけど、子宮口は3cmしか開かず(10cmひらかないとダメらしい)
促進剤3日目にして、いきみかたを間違えてるよ( ´θ`)ノと助産師さんに指摘され愕然とするΣ(゚д゚lll)
だから子宮口が全然開かんかったんや・・・変ないきみかたしてたから、はなちゃんの頭にタンコブできてたらしい(´Д` )
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体力も気力も限界に近づいていた。教えてもらったいきみかたで暫く頑張ったけど最終的に6cmまでしか開かず、破水から日にちが経ち過ぎてるので緊急に帝王切開になることになった( ̄◇ ̄;)


出産の話 その❶ (体重制限の果てに)

本厄の年に妊娠した、妊娠したばっかりの頃は体重増加が8kgぐらいで収まればいいなと思っていたが甘かった。

ほとんど食事制限をしてなかったので(なぜか甘い物より薄焼きせんべい塩味にはまった)ぐんぐん体重は増えつずけ途中、2週間で一気に2kg増えた事があり助産師さんに本気で怒られた(゚д゚lll)

これではいかんと思い妊娠9ヶ月に入ってから10ヶ月になるまで何事もなければいいなと願いながら近所のプールに毎日のように1.5kmクロールで泳いでいた。夜はおやつをやめて少しでも歩いた。

しかしその努力も虚しく最終的に15kgも太ってしまった(−_−#)
太りすぎたせいか足は象の足のように腫れ上がり(足首はむくみで今よりも4cm太くなった)、指で押すと指の形がくっきり残っていた。
足裏がむくんで靴はパンパンになり歩くのも痛いので、早く中の人出て来たら良いのになーと思っていた。
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予定日の前日、真夜中に破水し、産むのは怖いけどやっとこのむくみから解放されるわ!!( ´▽`)と思ったがそこからがスタートなのだった。

受け継がれてはいけないもの

私の行ってた幼稚園は、苺を畑で栽培してて季節になったらイチゴ狩りができるようにしてた。
苺は見た目かわいいし味も美味しいので子供の頃大好きだった。

たしか小学校4年の春休み、ぶらりと幼稚園の前を通りかかり、ふと今春やから苺できてるかもと思って衝動を止められず幼稚園に忍び込み、苺をもぎとり水道で洗って食べた記憶がある(⌒-⌒;
苺の季節が訪れる度に思い出す。
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うちのお父さんは私が社会人になった時、車で和歌山に行ったときにみかん畑に紛れ込んでしまって、そのみかんを普通に盗んで食べていた( ;´Д`)
血は争えんなと思った瞬間だった。

四カ月検診

昨日、はなちゃんの四カ月検診に行った。

体重は7.5kg、身長は66cmになり順調に育っている( ´ ▽ ` )
先月いけなかったので五カ月目での検診だった。

診察を受けるときに、おじいちゃんの先生に見てもらった。心音を聞き、鈴をいろんな方向から鳴らして見ているかを調べ、しばらくはなちゃんは大人しくしていたが、頭のてっぺんを押された瞬間に「ピギャーーーー!!!*`ω´) 」その間ひっくり返されたり色々されるがままになっていた(^_^;)
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終わった後、うちだけこんな泣くんかなとドアの影から見ていたら、他の赤ちゃんも頭を押された瞬間に泣き出してたので面白かった。そして、絵本をもらって終了した。

お父さんと鍋焼きうどん

10年ぐらい前の寒い冬の話。

徳島に家族四人、法事で帰る事になった。

お父さんは田舎に帰る事を毎回楽しみにしてたのでこの日もはりきっていた。
鍋焼きうどんをどっか眺めのいい所で食べようといってカセットコンロを積み込んだ。

徳島に入り高台で展望台のあるような見晴らしのいい所にきた。車から出た瞬間ものすごい風がΣ( ̄。 ̄ノ)
つ、冷た!!、サムッ!((((;゚Д゚))))
ここで食べるんやと震えながら、カセットコンロに鍋焼きうどんを置いた。
カチッ、カチッ。あれ?何か火がつかんぞ?・・・
あ!風強いからや!!Σ(゚д゚lll) からや・・からや・・・(山びこ的に)

そして、みんなでカセットコンロを風から守り、火が度々消えるし火力弱弱なので、ものすごい時間がかかり鍋焼きうどんは出来上がった。
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さらなる悲劇、あれっ?箸がない??(´Д` )
箸を忘れ、そして、どうやって食べたかは記憶にない。

遠くから見ていたのら猫が三匹ぐらい鍋焼きうどんに群がって来たが完全に口にはしなかった。
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 はなちゃん一家 

はなちゃん 平成23年8月25日生まれのA型の乙女座 大阪の泉南市に長女として生まれる。

はなちゃん母

Author:はなちゃん母
昭和54年生まれのO型。
両親は徳島県出身で大阪の八尾に生まれる。
兄妹は四人で兄が二人、妹とは双子で生まれる。
双子座で好物はうなぎ。苦手な食べ物はお餅


夫は昭和51年生まれのA型
両親は高知と徳島で大阪の泉大津で生まれる。
兄弟は男三人の長男
魚座で好物はギョウザ
苦手な食べ物は漬け物

今のところはなちゃんはあまり登場していない(-。-;

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